ゴールデンウィークに入る前のこと、父の入院先の先生から電話があった。
「ケアハウスに空きが出ました。よかったら見学だけでも」
電話を切ったあと、しばらく座り込んでぼんやりしていた。
——また一段、進むんだなと思った。
私の父は、いま入院中。
退院しても、もう一人暮らしは難しい。
それなら、入院している病院の系列のケアハウスにお願いできたら——
そう考えていた矢先の連絡だった。
連休が明けに父と一緒にその施設を見学してきた。
「親の介護がはじまった日」というと、なんだか劇的に聞こえるかもしれません。
でも実際は、もう何年も前からじわじわと始まっていました。
今日はその次のステージへの一歩。
50代おひとりさまの娘として、父のケアハウス入居が決まるまでに何があったか。
見学で見たものや感じたこと、そして「揃えるものの多さ」に頭を抱えたこと。
同じ立場の方の参考になればと思って、今日のことを記録しておきます。
父の入院は、圧迫骨折からはじまった
父が入院することになったのは、圧迫骨折がきっかけだった。
そこから、いくつかの病院を転々とすることになった。リハビリを兼ねた転院、症状によっての転院、空きの関係での転院。何度も病院を変わるたびに、書類を書いて、荷物をまとめて、新しい先生にこれまでの経緯を説明して。
正直、いちばん疲れたのは、この時期だったように思う。
「親の介護がはじまったな」と、いちばんジーンと感じたのも、この時期だった。
父の入院先で地域包括支援センターを案内されて、最初の介護認定を申請しに役所に行った日。手続きを終えて外に出たら、なんだか急に泣きたいような、力が抜けるような感覚があった。
——ああ、こういうことが、これからずっと続いていくんだな、と思った。
それから時が経って、父の体調は少しずつ落ち着いてきた。今年に入って、入院先の先生から「退院してもいいかもしれませんね」と言われたとき、ほっとしたのと同時に、「で、どうしよう」が始まった。
「介護認定をしてからゆっくり考えましょう」と言ってくれた先生
退院後の生活をどう組み立てるか、先生に相談した。
「ご自宅で一人で生活、というのは難しそうですから、まず介護認定をしてから、ゆっくり考えていきましょう」
そう言ってもらえたのが、本当にありがたかった。
「すぐにここを退院してください」と言われていたら、ほんとうに途方に暮れていたと思う。「考える時間をくれた」というだけで、肩の荷が半分くらい降りた気がした。
3月の半ば過ぎに介護認定を申請して、4月1日に訪問調査。それから3週間ほどで結果通知が届いた。
今回は、要支援2。
実は、介護認定を取るのは今回が2回目。前回は圧迫骨折で入院した直後にも申請をしていて、その経験があったから、今回は手続きそのものは少しだけスムーズだった。
「2回目」というだけで、こんなに気持ちが違うのか、とも思った。
なぜ「病院の系列のケアハウス」を選んだのか
退院後の選択肢として、いくつか調べた。
- 特別養護老人ホーム(特養)
- 有料老人ホーム
- サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)
- ケアハウス(軽費老人ホーム)
要支援2の段階だと、特養はまだ入れない(原則として要介護3以上が対象)。有料老人ホームは費用が高くなりがち。サ高住は自立度が高い人向けが多い。要支援の父にとって、いちばん現実的だったのがケアハウスだった。
そのうえで、父が入院している病院の系列のケアハウスを希望した理由は、3つあった。
ひとつめは、料金面。 ケアハウスは、もともと軽費で生活できるように作られた施設なので、費用がおさえられる。父の年金と貯金で、なんとかやっていけそうな範囲だった。
ふたつめは、医療連携。 同じ敷地内に病院があるということは、何かあったときにすぐ対応してもらえるということ。父の主治医も、看護師さんも、これまでの経緯を全部わかってくれている。これは大きな安心材料だった。
みっつめは、状況をわかってくれている安心感。 父のこれまでの入院・転院の経緯を、一からまた説明する必要がない。「あの転院のとき、こうでしたよね」という会話ができる。これが私には、思っていたよりずっと大きかった。
「とにかく、いまの父と私にとって、ここがいちばん無理がない」——消去法ではなく、積極的な選択として選べたのは、私にとっても気持ちが楽だった。
「空きが出ました」と連絡が来た、ゴールデンウィーク前のこと
介護認定が要支援2と出て、「ケアハウスに申し込もうか」と検討していた矢先のこと。
ゴールデンウィークに入る数日前、入院先の先生から電話があった。
「ケアハウスに空きが出ました。よかったら、見学だけでも」
タイミングとしては、ほんとうに偶然だった。検討を始めようとしていたところに、向こうから「空きました」と連絡が来た。
連休のあいだ、頭の中ではずっとそのことを考えていた。
「行けるなら行くべきだろうな」 「父はどう思うかな」 「準備できるかな」
連休が明けて、見学の日程を決めて、父と一緒にケアハウスへ向かった。
父と一緒に見学に行ってきた
見学に行ってみて、私がまず感じたのは「思ったより、ちゃんと『生活する』場所だな」ということだった。
病院の個室と違って、ケアハウスの部屋は、いわゆるワンルームマンションのような作り。窓があって、収納があって、ちゃんと「ここで暮らす」雰囲気がある。
まだ前の入居者が退去したばかりで掃除中だったけれど、それでも思っていたよりずっときれいだった。
スタッフの方が、施設のシステムや必要なもの、費用について、ひととおり説明してくれた。聞いた範囲をざっくりまとめると、こんな感じ。
部屋とお風呂
- 部屋はワンルームタイプ(家具・家電は基本的に持ち込み)
- お風呂は大浴場と、各階に小さなお風呂もあり
- 自分で入れる人は毎日でもOK、介助が必要な場合は週2回
食事
- 1日3食が基本(食堂で提供)
- 自分で用意する日や、外出する日は、決まった時間までに連絡
- ルールはそれほど厳しくなく、自由度は高め
面会
- 基本いつでもOK、予約は不要
- ただし感染症の流行時は規制が入る場合あり
医療連携
- 平日の昼間は看護師が常駐
- 緊急時は同じ敷地内の病院で対応
- 大きな病院ではないので、症状によっては別の病院に搬送される可能性も
「思ったより自由度が高いな」というのが、私の正直な印象だった。
スタッフの方の対応もていねいで、「ここなら大丈夫そうだな」と感じた。
父が一番気にしていたのは、「お金」のことだった
ところで、見学のあいだ、父は何を気にしていたか。
ずっと、お金の話だった。
「払っていけるんかな」「貯金、足りるんかな」と、何度も同じことを口にする。
母がいた頃から、お金のことはずっと母に任せきりだった人。母が亡くなって、私が引き継いでからも、父は通帳の残高ひとつ把握していない。
——だから、不安になるのはわかる。わかるんだけど、いつも、最初に出てくる言葉は「自分のお金が大丈夫かどうか」なのだ。
「大丈夫」と、私はその場で答えた。
実際、概算ではだいたい想定の範囲内だった。月の家賃にあたる部分と、別途で電気・水道・医療費がかかるかたち。父の年金と貯金でやっていける範囲。
ただ、「生活し出したら、もっとかかるかもしれないな」とも、内心では思っていた。実際に暮らしてみないとわからない出費は、必ず出てくる。そこは、これから様子を見ながら調整していくしかない。
入居準備で揃えるもの、思っていたより多かった
見学のあとに「これは思っていなかった」と感じたのが、揃えるものの多さだった。
病院は、ベッドも食事も全部用意してくれていた。だから「入院」と「ケアハウス入居」を、私はちょっと混同していたんだと思う。
ケアハウスは、あくまで「生活する場所」。だから、自宅から持ち込むか、新しく揃える必要があるものが、こんなにあった。
- 冷蔵庫
- 洗濯機
- テレビ
- ベッド(レンタル可)
- 寝具一式
- 衣類
- 日用品(洗面用具、タオル、食器など)
「冷蔵庫もいるんや……」と、思わず声が出た。
幸い、父の自宅にある冷蔵庫と洗濯機は、入院前に買い替えたばかりのもの。だから、それをそのまま運ぶことにした。新しく買うコストはかからずに済んで、ほっとした。
ただ、「運ぶ」という作業がある。配送のタイミングを合わせて、入居日に間に合うように準備する。これはこれで、地味に大変な段取りだ。
「ああ、これも私がやらないといけないんだな」と、ちょっとめまいがしそうになった。
姉がいても、実質ひとりで決めていくという話
ここまで読んで、「兄弟で分担すればいいのに」と思う方もいるかもしれない。
実は、私には姉がいる。
ただ、姉は遠方に住んでいて、もともと周りへの関心が薄いタイプ。「私と父だけで、大変かもしれないな」と気にかけてくれることは、たぶん、ない。
そういうことが何度かあって、「アテにするのを諦めた」というのが、いまの私の正直な気持ち。今回のケアハウス入居についても、姉には相談していない。
これは、姉を責めたい話ではない。
ただ、おひとりさまの娘として、ひとつの事実として書いておきたかった。
「兄弟がいても、実質ひとりで決めていく」という人は、たぶん少なくない。
兄弟がいると、外から見ると「分担できる」と思われる。けれど、実際は、近くに住んでいる/関心がある/関係性がいい、といういくつかの条件が揃わないと、分担にはならない。多くの場合、いちばん近くにいる誰か一人に、自然と集中する。
私の場合、それが私だったというだけ。
正直に言えば、私自身、父のために動くのは「やってあげたい」というより「近くにいるから、仕方なく」というのが本音だ。立派な娘の話ではない。ただ、近くにいるから、やっている。
それでも、心細いか、と聞かれたら、まあ、心細さはある。でも、「近くに私がいるから、なんとかなるかー」とも思っている。
足りないものは、後から揃えればいい。 わからないことは、その都度、聞けばいい。
立派でも美しくもないけれど、これが私のいまの暮らしの一部なんだと思う。
おわりに:これから始まる、あたらしい道
父のケアハウス入居は、5月半ばを予定している。
それまでに、家電の手配、寝具の準備、衣類の入れ替え、日用品の買い出し。やることはまだたくさんある。
入居してからも、きっといろんな出来事がある。体調のこと、お金のこと、本人の気持ちのこと。
「親の介護がはじまった」というより、「次のステージに入った」という感覚が、いまの私には一番しっくりくる。圧迫骨折で入院した日から、もう何年もかけて、じわじわとここまで来た。今日はその途中のひとつ。
これまでこのブログで書いてきた終活のこと、もしもへの備え。それらが、いま、現実の動きと重なりはじめています。自分のもしもを考えていたつもりが、気づけば親のもしもと並走していた——そんな感覚です。
同じように、親の介護に向き合っている方。これから向き合うかもしれない方。
完璧にやろうとしなくていい。 ひとりで全部抱え込まなくていい。 それでも、ちゃんと前に進んでいる日もある。
私もまだ、知らないことばかり。これから、ひとつずつ調べながら進んでいこうと思います。
また、書きにきますね。

