50代になってやめてよかった10のこと|引き算で見えた、わたしらしい暮らし

50代になってやめてよかった10のこと——引き算の暮らしのアイキャッチ画像 おひとりさま

最近、暮らしの中で「やめる」ことがずいぶん増えた気がします。

50代になってから、「やる」より「やめる」のほうが、心地いいと感じるようになってきました。

無理にがんばらない。
何かを足さない。
むしろ、引き算をするほうが、暮らしも気持ちも軽くなる。

この記事では、

  • 50代から始めたい「引き算の暮らし」に興味がある方
  • 「やめてよかった」と思える具体例を知りたい方
  • 更年期・おひとりさまの暮らしを軽くしたい方

に向けて、私が50代になってから「やめてよかった」と心から思える10のことを、率直に書いていきます。

完璧じゃない、ゆるい引き算。
でも、確実に「自分が戻ってきた」感覚があるんです。


50代になってやめてよかった10のこと

夜更かし

更年期に入ってから、夜中に何度も目が覚めるようになりました。
それまでは、なんとなく深夜まで起きていることが多かった。
TVを見ていたり、スマホを眺めていたり——気がつけば1時、2時。

でも、何度も起きる夜が続くと、さすがに体がもたない。

それで、「眠たくなったら寝る」というシンプルなルールに切り替えました。

時間で寝るのではなく、体に従う。
これだけで、無理なく早寝できる日が増えました。

完璧じゃないけれど、自分の体が出すサインに耳を傾ける癖がついたのが、いちばん大きな変化です。

不眠については別の記事にも詳しく書いています。
50代おひとりさま、更年期で一番つらかった「眠れない夜」を乗り越えるまで

行きたくない誘い

これが、いちばん大きかったかもしれません。

50代になるまで、「行きたくない」と思う誘いも、なんとなく断れずに行っていた。

でも、考えてみたら——

  • 行きたくないと思っている時間
  • 断る言い訳を考えている時間
  • 行ってる間の、楽しめない時間
  • 帰り道に「行かなければよかった」と思う時間

気がつけば、あの一回の誘いに、ものすごく長い「無駄な時間」を使っていました。

「行きたくない」を素直に言えるようになった日から、その時間がぜんぶ戻ってきました。

人付き合いそのものをやめたわけじゃありません。
ただ、会いたい人と、会いたい時間に会う——それだけになっただけ。

それで十分だと、50代になって、ようやく思えるようになりました。

お菓子のストック

家にお菓子があると、つい食べてしまう。
仕事帰りに見つけたチョコ、コンビニで気になったクッキー——なんとなく買って、なんとなく食べていました。

ストックを置かないと決めたら、食べたい時に食べるだけになった。
お腹も気持ちも、軽くなった気がします。

家に「常備しないもの」を決めるって、暮らしのコントロールを取り戻すことなのかもしれません。

夜の反省

寝る前、布団の中で「あれが言えなかった」「あの時、ああすればよかった」と、その日のできなかったことを悔やんでいた時期がありました。

それが、ジャーナリングで紙に書き出すようになって、ふしぎと——

まあいっか

と思えるようになってきたんです。

ゆるくでいい。完璧な文章じゃなくていい。
ノートに書いてしまえば、頭の中の「ぐるぐる」が外に出る。

それだけで、夜の自分が、少し優しくなれる気がします。

履かない靴、着ない服、使わない食器

これは長年の課題でした。

「気に入ってるから」「いつか履くかもしれない」「もったいないから」——そう思って、ずっと持っていた靴と服。
でも実際は、何年も履いていない。
気に入ってるはずなのに、出番がない。

ある日、思いきって手放しました。
気に入ってるのに、ちゃんと捨てられた自分にも、ちょっと驚きました。

場所に余裕ができると、収納の中が見渡せる
管理もしやすくなって、気持ちも前向きになった気がします。

「持っていること」より、「ちゃんと使えていること」のほうが、ずっと大切だったんですね。

「やらなきゃ」という気持ち

うまく表現できないけれど、——「やらなきゃ」という気持ちを、減らしました。

家事も、仕事も、人付き合いも、健康のためのあれこれも。
ぜんぶ「やらなきゃ」と思いながらやっていたら、人生が義務でいっぱいになる。

「やったほうがいいかも」
「気が向いたらやろう」
「やらなくてもまあいいか」

——そんなゆるいモードに切り替えてみました。

不思議なことに、それでも生活はちゃんと回っています。
むしろ、自分から動きたくなる日が増えた気がします。

なんとなくつけているテレビ

以前は、BGM代わりにTVをつけていました。
帰宅したら、まず電源ボタン。
特に見たいものがあるわけじゃない。ただ、音と光がある状態が当たり前でした。

それを、やめてみました。

代わりに、好きな音楽を流したり、話メインのYouTubeを聞き流したり。
早朝は、何も流さない静かな時間を楽しんでいます。

特別、何かが変わったわけじゃありません。
でも、何も考えない、情報を入れない時間が、こんなに気持ちいいなんて。
50代になって、はじめて知った気がします。

時間だから食べる食事

12時だからお昼。
19時だから夕食。
そう決まっていると、ずっと思っていました。

でも、お腹が空いていない時間に食べると、体は重くなる。
いつしか、「お腹が空いた」のサインを聞くようになりました。

時間に縛られない食事は、思った以上に、自由です。
3食きっちりじゃなくていい。
体が言ってきたら、食べる。

体に従うって、こういうことなのかもしれません。

見栄

50代になるまで、ずっと頑張っていたものの一つが、「見栄」でした。

ちゃんとして見えるように。
できる人に見えるように。
余裕があるように。

——疲れる。
本当に、疲れる。

ある時から、「素のままでいい」と思えるようになりました。
誰かにどう見られるかより、自分がどう感じるか。
そっちのほうが、ずっと大事だと気づいたから。

そう思えるようになったら、人付き合いも、買い物も、服選びも、ぜんぶ選び方が変わってきました。

なんとなくの買い物

新作のコスメ、季節限定のお菓子、SALEのバッグ——以前は、なんとなく目に入って、なんとなく買っていた。

別に必要じゃないものも、「気になるから」で買ってしまう。

最近は、「これ、本当に必要?」と一度立ち止まるようになりました。
完璧じゃないけれど、レジに行く前にひと呼吸入れるだけで、ずいぶん変わりました。

買わなかったお金は、貯まる。
家に物が増えない。
気持ちも、軽い。

——「なんとなく」を減らすって、こういうことなんですね。


やめてみて気づいた、3つの変化

暮らしの「余白」が増えた

靴も、服も、食器も、お菓子も、テレビも、誘いも、見栄も、買い物も。
やめてみたら、家にも、頭にも、心にも、「余白」ができました。

何もないスペースって、最初は少し寂しい気がした。
でも、すぐに気づきました。

余白こそが、心地よさをつくる

埋めなくていい。
むしろ、空いていることのほうが、自分の感覚が戻ってくる。

「まあいっか」と言える心が育った

ジャーナリングを続けていたら、「まあいっか」が口癖になりました。

完璧じゃなくていい。
できなかった日があっていい。
忘れてた誘いがあったっていい。

「まあいっか」が言えるようになると、自分にも他人にも、優しくなれる
これが、50代の引き算で得た、いちばん大きなギフトかもしれません。

何もしない時間が、いちばん贅沢になった

朝、何も流さない静かな時間。
窓の外を眺めるだけの数分。
お茶を飲むだけの15分。

特別なことは、何もしていない。
でも、それが一番、満たされる時間になりました。

何もしない」は、「何もないこと」じゃなかった。
むしろ、自分の感覚を取り戻す、贅沢な時間だったんです。


やめるための、3つのコツ

一気にやめなくていい

全部いっぺんにやめようとすると、しんどいです。
私も完璧じゃありません。

「今日はこれを少しだけ減らしてみよう」
「これは、まだ持っていてもいい」

そんなふうに、ゆるく付き合う。
それでも、半年・1年で振り返ると、確実に変わっています。

引き算は、マラソンみたいなもの。
急がなくて、いいんです。

「これ、本当に必要?」と問いかける

モノでも、誘いでも、習慣でも。

これは、いまの私に必要?」と、ひと呼吸入れる。
答えがすぐに出ないなら、「ちょっと保留」でもいい。

問いかけるだけで、衝動的な「なんとなく」が減ってきます。

ジャーナリングで吐き出す

頭で考えていると、「やめたほうがいい?」「でも捨てるのもったいない」と、ぐるぐるする。

ノートに書き出すと、不思議と整理されます。
「あ、私はもう履いてないな」「この付き合いは、しんどいな」と、自分の本音が見えてくる

ペンと紙さえあれば、誰でもできる。
完璧な文章じゃなくて、箇条書きで十分です。


おわりに——「やめる」は、「取り戻す」

50代になって、たくさんのことをやめてきました。

最初は「捨てるなんてもったいない」「断ったら悪い」と思っていた。
でも、やめてみて気づきました。

「やめる」は、「失うこと」じゃなくて、「取り戻すこと」

時間を取り戻す。
お金を取り戻す。
心の余裕を取り戻す。
自分らしさを、取り戻す。

完璧じゃない、ゆるい引き算。
それでも、暮らしも心も、確実に軽くなっています。

50代は、「もう年だから」じゃなくて、「ちょうど引き算ができる時期」。
そう思えるようになったのが、私にとっていちばんの収穫かもしれません。


次回は、私がいま少しずつ向き合いはじめている「おひとりさまの終活」について書こうかなと思っています。
猫と暮らしているからこそ、考えなければいけないこと。
私自身も整理中の話を、また書きにきますね。

柚葉

柚葉(ゆは)

50代後半・おひとりさま。9年前に保護猫を迎え、日々のことを書いています。
更年期、終活、猫との暮らし、母を見送ったこと——50代の等身大を綴る場所です。

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